2005年5月 8日 (日)

JR西日本の事故に思う(6)

・「不祥事バッシング」に潜む危険

(3)の2関連については、その後もマスコミに突っ込まれ、数々の様々な「不祥事」が明るみに出ています。

確かに、感情的・心情的に「この時期に遊んでいるとは何事だ?」「酒を飲んでいる場合か?」という気持ちになるのは理解できますし、その「不祥事」の当事者に全く問題がないかといえばそうとも言い切れない、という心情的なものは理解ができます。

しかし、その感情的な面だけを前面に出してよいのでしょうか?。
私はこの点に、非常に危険なものを感じざるを得ません。

まず最初に、これらの「不祥事」の多くは、完全にプライベートな時間や休日等に行われたものであり、決して勤務時間や公的な会社行事の一環として行われたわけではない、ということです。

つまり、この点をきちんと区別して考えていかないと、「オン」と「オフ」の区別がつかなくなり、会社に何か問題が発生すれば、その会社の従業員は、全員がいわばオフの時間に「自宅謹慎」をしなければならないのか、という問題にまで達します。
「今回の事故はその規模が大きく、かつ特別なケース」という捕らえ方もできるでしょうが、こうした考え方は拡大解釈されていくのが常であり、仮にある会社の従業員が仕事中に死亡事故を起こしたら、関係のない他の従業員まで、オフの時間に自宅謹慎をしなければならないのか、ということになりかねません。

次に問題なのは、会社がマスコミのバッシングに耐えられず、調査結果を次々に公表していった点です。私は特に、この点に危険なものを感じます。

というのは、こうした前例を作ってしまうと、会社は常に従業員のオフの行動に至るまでを監視する必要が出てくるのか、ということになり、下手をすると「オフの時間の予定と結果を会社に届け出ろ」ということになりかねないのです。

仮にこのような体制が浸透してしまったら、この情報を悪用し、全く関係のないことで利用する企業が現れないとも限りません。

警察や自衛隊員など、事実上年中無休24時間出動態勢を引かれているような特別な職業で、事前にそれを承知でその職業についている人はともかく、そうでなければ「オフの時間に何をやろうと勝手」(法に触れる行為は除く)というのが、最も根底になければなりません。

前回書いた内容同様、あまりに感情に先走る報道をしてバッシングを続けていると、別な面での危険性を見失い、結果として多くの国民に不利益をもたらすような結果につながる可能性があります。

NHKを含めて、報道にはもっと事故の本質に迫る掘り下げを望みたいところです。

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2005年5月 7日 (土)

JR西日本の事故に思う(5)

・乗り合わせて定時出勤した社員の2名はそんなに悪いか?

(3)で取上げた事項のうち、今回は特にこの2名の問題について考えてみたいと思います。

報道ではボウリングをはじめとする、レクレーション的なことを行ったと同様なくらい、槍玉に挙げられている印象がありますが、果たしてこの2名を、そんなに槍玉に上げるべきなのか、ということに、実はやや疑問を憶えます。

この2名は当日出勤して、乗務を行う計画が組み込まれていました。
先に述べたとおり、鉄道の乗務員というのは、完全に計画的な運用ダイヤによって拘束されており、その乗務自体には「個人の裁量」が及ぶ範囲が一切ありません。優先順位の低い仕事を明日に伸ばすとか、残業して明日の仕事をやってしまうとかいったことは不可能なのです。

つまり、乗務すべき人が欠けた場合は、直ちに他の人を充てて、列車の運行に支障がないようにしなければならないわけですから、事故が発生した以外の線区であれば、その運行を確保することは、事故の処理と同等に重要なことなのです。

いくら大事故が発生したからといって、JR西日本の全ての線区で列車を運休しても良いのか。

極論かもしれませんが、ことこの2名の乗務員の件についての感情的報道を見ていると、つまるところそれを要求しているとしか思えません。
確かに、現在に至るまでの体たらくなJR西日本の企業体質を見ていると、一週間くらい運休して、安全総点検をしても良いくらいであると感じることも事実ですが、仮にそれを行って、果たして利用者の支持を受けられるのかどうか。

またJRグループは、各社相互間で運行されている列車が多数ありますから、ローカル民鉄と異なり、自社のみの判断で勝手に列車を運休するわけにもいかないのです。

また従業員たる乗務員の立場からものを見てみましょう。
仮に彼らが自発的に救助活動を行ったとしても、会社としてそれをどう評価するのか、という問題があります。
この評価とは、勤務評定のような意味合いではなく、「労働行為なのか否か」という問題で、つまりはそれを労働時間として評価するかどうかという問題が、逆に当事者企業の従業員であるからこそ発生します。

万が一現場で(救助行為が原因で)負傷したとすると、それが労災適用となり得るのかどうか、という問題にまで波及します。
基本的には、業務命令下にない行為ですので、業務災害とはなりません。つまり、従業員的には当事者会社の行為の一部となるのに、公的には単なるボランティアになる可能性が高く、こうしたねじれをどうするのか、という問題も発生し得る問題です。

さらには、これらの活動をして出勤し、心身が万全でない状態で乗務したとしたらどうなるのか?。第二の事故を生みかねません。

今回の事故では、現場近くの工場が、社長の一声で操業を停止し、救助活動にあたったことが美談として報道されていますが、彼らは社長という使用者の業務命令に従って行動したのですから、この救助活動は、会社としてはボランティアであっても、従業員自体は立派な労働行為として評価され、仮に怪我をしてもそれは労災の業務災害にあたると考えられます。

このように、この2名の問題はそんなに単純ではなく、単に精神論で片付けるのは、極めて危険であり、本質を見失う可能性をも秘めています。

この事故のこの点で問題なのは、JR西日本としての組織が、こうした緊急事態において、適切な情報収集と対処を行える体制になかったことであり、乗り合わせた乗務員が定時に出勤する方を優先させたかどうかではない、と私は思います。

マスコミもこの点を履き違えていると、単なる野次馬と変わらないことになります。

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2005年5月 6日 (金)

JR西日本の事故に思う(4)

・「日勤教育」とその内容

事故直後から報道され続けた言葉に「日勤教育」があります。

この「日勤教育」とは、何でも問題を起こした乗務員に対して、再教育をするためのものを言うそうですが、その内容は「反省文・決意文の作成」「ホームに立って同僚乗務員への注意歓呼」「草むしりやトイレ掃除」等といったもののようです。

最後の草むしり等はともかくとして、反省文や注意歓呼と言うのは、それ自身は決して意味のないものとも言えませんが、問題はその効果です。

報道によると、JR西日本ではこの「日勤教育」について、その制度自体は規定として存在するものの、その実施内容や、対象者の成果評価については、全て現場の管理職に一任されているということです。これを聞いて「やれやれ」という気分になりました。

この制度では、教育的効果は何も得られず、単に「上司のストレスのはけ口」にしかなっていないからです。

私は以前、品質保証の仕事をしていた経験があり、ISO9001の考え方と運用を少々かじりました。
その中で、何らかの問題(ISO9001では「不適合」と称します)が発生した場合、その真の原因追究のためには「なぜ」を5回繰り返せ、と言われたことがあります。

つまり、ある不適合に対して「なぜ発生したか?」を考える。次にその答えに対して「なぜそうなったか?」を考える。
この「なぜ」を5回繰り返してみる、そうすれば、おおよその場合、その不適合の真因が見えてくる、ということなのです。

そして、その真因が見えて、仕組の問題であればそれをただしてマニュアル化する(垂直展開)し、それを周知徹底する(水平展開)、という対策を講じ、更にその後チェックし「効果の確認」を行う、ということが要求されていました。

これはISO9001では「PDCA(Plan Do Check Action)を回す」と呼ばれており、品質の維持向上(継続的改善)の最も重要な点です。

報道によると、オーバーラン(JR用語では「停止位置不良」と言うそうです。オーバーランばかりではなく、手前で停止してしまうケースもありますので)を発生させた運転士に対して、この「なぜ」をやらせていたこともあった、ということです。

これ自体は非常に重要なことで、意味があることなのですが、その結果を単に上司が(恐らくその場の気分で)評価をし、対象社員個人の問題として処理して終りでは、何の意味も持たず、単に「会社の言う事にただただ忠実で、小さな問題を起こさない社員の製造」をしていたに過ぎません。

そして、小さな問題が見えなくいなっているうちに、今回のような大きな問題を発生させてしまった。
つまり、今回の事故は、こうした日頃の「悪い積み重ね」がその原因にあったと言えるでしょう。

まさに「木を見て森を見ず」状態であったかと思われます。

この問題も前回と同じく、決してJR西日本だけの問題ではなく、日本社会全体の問題ではないかと感じます。

ところで、JR西日本について考えてみますと、JR各社では東日本に次いで大きな会社であり、労働組合の規模やその発言力も大きいと思うのですが、こうした現場の問題点について、果たして労働組合がどの程度考え、発言や実行をしてきたのかが、非常に気になります。

大手でも御用組合や、中小企業の名ばかりの労働組合であれば別ですが、JRの労働組合となると話は違うと思っていました。
しかしながら、今までの報道を見ている限り、会社の責任を問う発言はあっても、それに対し組合として「今までに何をしてきたか」という点が全く見えてきません。

労働組合までもが、ここまで骨抜きにされてしまったのでしょうか?。

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2005年5月 5日 (木)

JR西日本の事故に思う(3)

・会社の体質、本質的な問題

事故から一週間が経過し、更なる色んな情報が出てきた中で、今回は「会社の体質」という点に触れてみたいと思います。

この事故の最近の話題として、次の二つがあります。

1.事故列車に2名の社員が乗客(出勤中?)として乗車していたが、救助活動を行わず定時に出社していた

2.事故当日、ある車掌区でボウリング大会が行われていた

この二つは、今回の事故を考える上で、非常に重要な意味を持っていると思います。

報道では、専らこの点を「(社員の)人間としての道義的責任にかけている」という観点から責めることをしていますが、これは表面上の問題であって、それでは全く掘り下げが足りません。

このことは、JR西日本の企業体質を、如実に物語っていると考えるべきなのです。

まず1についてですが、
報道によると、事故列車に乗車していた社員は、所属部署の上司に連絡を取ったところ「遅れないように定時に出勤すること」という指示を受けたとのことです。

上司の指示と言うのは、いわゆる「業務命令」ですので、企業の所属員としては、その指示に従うことはいわば当然です。

ここで、大方の表向きの意見としては「このような事故現場に遭遇しておいて、一体何が大事なのか?」というものが出てくると思いますが、これを怒っていても議論は深まりません。

ここで大事なのは

・上司はなぜ定時出勤を指示したのか?
・社員はなぜ現状把握をせず、それに従ったのか?

という2点です。
ここにJR西日本の、今回の運転士や車掌の状況とも合わせて、体質が凝縮されていると思います。

つまり、事故前のJR西日本というのは、何より「定時運行」ということが第一とされており、現場の乗務員やそれを管理する管理職としての上司も、何を考えたのかと言えば「自分の線区に影響を及ぼさない」ことだったと考えられるのです。

これができないと、それぞれがペナルティーを課されてしまう。
このことについては、後に触れたいと思いますが、このペナルティーを考えれば、何より自分の平常の責務を全うすることの方が優先順位が高く、事故処理という、いわば自分の本来業務でないことは二の次であった、と言えます。

つまり、現場の隅々にまで、こうした体質や意識が浸透しており、高所から見下ろして、全体をコントロールするという立場の人がいない、あるいはそういう見方を要求されていないか否定されていた、ということが見えてきます。

これについて、ご覧の皆様はどうでしょうか?。
私もサラリーマンの端くれですが、こうした意識を持っていたり、感じている方は決して少なくないと思います。つまり、これはJR西日本という会社だけの問題ではなく、日本社会全体にいえる問題ではないかと感じないでしょうか?。

こうしたことが原因で発生する問題は、企業によりその質や形態は異なっても、日々発生していないでしょうか?。

次に2についてですが、これも1に関連した、いわば裏返しの結果だったように感じます。

列車の乗務員は、日々勤務が計画によって完全に管理されており、一般の事務総合職のように、ある程度個人の裁量で仕事をコントロールする、ということができません。従って、乗務員の現場社員で親睦会のようなものを開催する場合、その予定というのは各人の勤務体系に完全にしばられることになります。

そういった中、このような状況下においても、「予定を全うした」という点では、その根底に流れるものは1と同様であったと言えないでしょうか。

また、現場社員の本音を考えれば、普段安全をおろそかにして定時運行を優先させていた結果の事故であることは、恐らく誰もが感じていることであったと思われますので、その意味では会社の対応を「見もの」と感じていた可能性もあります。

普段現場を見ずに、利益優先で机上の計算でダイヤを組立てていた会社、1秒単位で遅延のチェックをしていた会社、それを進めていた管理職。「さて、どうするのかな?」と興味津々だったのではないかと思います。
発生した問題の大きさと次元は違っても、このような性格のことを感じている人も、決して少なくないのではないでしょうか。
私自身も思い当たることが、実際にあります。

日常、会社が何を第一に、何を大切にして、現場に何を要求していたのか。
今回明らかになった二つの事実は、やはりこれを物語っていたと思わざるを得ません。

ややもすると、こうした事実は、その行動を起こした社員本人の責任追求になりがちですが、それでは物事の本質は見えてきません。

やはりここは、JR西日本の体質と見るべきであり、また今回の話題の当事者は、ある意味「会社に忠実であった」とも言えるのです。

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2005年5月 2日 (月)

人身傷害補償保険と搭乗者傷害保険(3)

・日数支払型と部位症状別支払型のどちらを選ぶか?

現在搭乗者傷害保険では、入通院の実績で支払われる「医療保険金」には、上の二つの支払方法が存在します。

従来は搭乗者傷害保険といえば、今でいう「日数支払型」であり、選択の余地はありませんでした。そんな中、自由化に伴って登場したのが「部位症状別支払型」です。

これは当時の安田火災(現在の損保ジャパン)が「ONE」という商品で開発したものでしたが、現在ほとんどの保険会社で選択的(あるいはこちらを主流に)に採用されていますので、この形での契約も多いことでしょう。

もともとこの型が開発された背景には、日数支払型の通院における約款に「平常の業務や生活ができる程度に治った日まで」という極めて曖昧、どうにでも解釈できるような文章が使われており、通院日数の全日数が支払の対象になるわけではないという、契約者にとってわかりにくい部分があり、契約者と保険会社の揉め事の種になることが多かった、という事情があります。

その意味では、支払われる金額が事前に明確化されており、いわゆる鞭打ち症なら5万円、といったことが、約款上で分るようになりました。

一方で、「部位症状別支払型は支払われる絶対金額が減る傾向にあり、契約者重視ではない」とする意見も、インターネット上で聞かれます。

私はこれについて、一刀両断するような性格のものではないと考えています。
というのは、日数支払型の場合、実質的には治療を終えてから対象日数を確定し、その結果支払われることになりますので、受取る時期がかなり遅くなります。

一方、部位症状別支払型の場合は、通院日数が5日間以上になった時点で請求権が発生しますから、早期に確定した金額を受け取ることが可能になります。
この「早期に受取る利益」というのも重要で、先に書きましたように「事故に伴う見えない出費への対処」と考えれば、このことも決して軽視できないことであろうかと思います。

人身傷害補償保険によって、実損害の補填が確実なのであれば、搭乗者傷害保険はより「お見舞金」の性格が強くなりますので、私は少なくとも、人身傷害補償保険を付帯した契約であれば、搭乗者傷害保険の部位症状別支払型の意味は大きいと考えています。

また、絶対金額の少なさを指摘する声には、一部の保険会社で「医療保険金の倍額支払」という特約を発売しており、定められた金額を一律2倍にして支払うこともできるようになりました。

ただ、入院期間が長期に渡るようなケースでは、確かに日数支払型の方が、確実に高額になります。一方、通院事故の場合は何とも言えません。

どちらが高額となるかは結果論ですので、その意味でも一概に言えませんが、私自身の通院事故の経験からしますと、部位症状別支払の倍額の方が高額の保険金を手にできたように思います。

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人身傷害補償保険と搭乗者傷害保険(2)

・基本補償から外してよいものなのか?
先に二つの保険の性格の違いを説明しましたが、人身傷害補償保険が付帯された商品が主流になっていく中で、「補償の重複である」という考え方を前面に出し、ついに搭乗者傷害保険をオプション化してしまった保険会社があります。メインサイト(きーみんのよくわかる!自動車保険)の「各社商品研究」でも取り上げていますが、あいおい保険が全商品でその方針を打ち出し、搭乗者傷害保険は「補償の充実を望む方にお勧め」なのだそうです。

私は普段、解釈不足で誤解を与えないようにするため、特定の商品を批判するようなことはなるべくしないようにしているのですが、この件については少々発言させていただきたいと思います。

明確な時期は覚えていませんが、数年前からBBSのご相談で、「搭乗者傷害保険の請求もお忘れなく」という趣旨のコメントを書くと、「搭乗者傷害保険は必 要ないといわれたのでつけていません」という回答が返ってきたり、「更新時に搭乗者傷害保険の必要はないと言われましたが、そうでしょうか?」というご質 問を目にすることが出てきました。

ここ最近はあまり目にしていない相談ですが、意外なことに当初は少々驚きました。
そのうちどうも特定の保険会社にその傾向が見られるのではないか、ということに気がついて、最新の資料を入手したところ、パンフレットにも「ご契約のしおり」にも、「搭乗者傷害保険はオプションである」という明確な記載があることが判明しました。

私が知る限り、このような販売方針を出しているのは、唯一であるかと思います。

前回述べたとおり、それはそれで一理ある考え方ですので、決してそれ自体を否定はしませんが、問題はそのことが充分に契約者に理解され、納得した上で外した商品を契約しているのであろうか、という点が気になるところです。

あいおい損保は代理店型の保険会社です。合併前の一社である旧千代田火災は、大株主がトヨタ自動車であることもあり、自動車ディーラにも強いと言え、その意味でも対面しての販売が主流ですから、契約者としては代理店にコンサルティングを求めます。

自分で補償を組み立て、自己責任を多く要求される通販型であればともかく、代理店型であれば、その方針を理解した上で、契約者にきちんと説明をして納得し てもらうべきであり、結果として「もらえるもの」が少なくなったとしても、後悔しないようにしてもらわなければなりません。
しかしながら、上に書いたような「事故に遭って初めて気がついた」とか「更新時に不要と言われたことに不安を覚える」といった相談が出てくるようでは、契約者に充分説明しているとは言えないと思われます。

保険会社の考え方、事情はあろうかと思いますが、私はこの「オプション化」には正直なところ違和感があります。
「あえて外したい人は外してください」という方が、分りやすいと思います。

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人身傷害補償保険と搭乗者傷害保険(1)

自動車保険BBSで時折出てくる質問に

「人身傷害補償保険と搭乗者傷害保険は何が違うのですか?」
「人身傷害補償保険を契約すれば搭乗者傷害は必要ないのですか(あるいは「必要ないと言われましたがそうなのですか?)

というものがあります。

本来ならFAQに掲載すべきことですが、とりあえずコラムとして感じるところを書いておきます。

まず最初にいえることは、どちらも車に乗っていて事故に遭い、怪我をした際に支払われる保険である、という点では確かに共通なのですが、支払われる内容やその考え方は、実は全くの別物です。

搭乗者傷害保険は、かなり以前から存在する保険であり、契約者も販売する側も比較的理解ができていることが多いのですが、人身傷害補償保険の方は、自動車保険の自由化に伴い、当時の東京海上(現在は東京海上日動)が独自に開発した商品の一つで、まだ市場にでてから7年弱(それでも、それなりの時間は経っているのですが)の商品であり、どうもいまだに、契約者も販売する側も、今ひとつ理解ができていない商品のようです。

詳しい説明は、メインサイト(きーみんのよくわかる!自動車保険)をご覧いただきたいのですが、簡単に言うと

・人身傷害補償保険は「実損害の100%補償を目指した商品」(車両保険の人身版)

・搭乗者傷害保険は「治療実績などに伴って定額の保険金が支払われる、お見舞金的、かつ生命保険的商品」

という言い方ができます。
つまり、人身傷害補償保険は損害保険の本来的姿であるのに対し、搭乗者傷害保険は生命保険に近い性格を持っており、全く性格が異なるのです。

一番判りやすい、死亡時の支払でいえば、人身傷害補償保険が「支払時点で生命価値を査定して支払う」のに対し、搭乗者傷害保険は「契約された死亡保険金を支払う」ということになります。この例えを見ていただくと、「生命保険的」の意味がご理解いただけるのではないかと思います。

ただ、従来自損事故であるとか自己の過失が大きい事故において、搭乗者傷害保険が、事実上の自己過失分の補填という性格で使われてきたことも事実であり、その意味では、人身傷害補償保険で100%補償されるなら、それで良いと言う考え方ができるのも、一理あります。

しかしながら、この二つの保険を「保障の重複」と考えるのは早計であり、私はやはり全くの別物と考えるべきではないかと考えています。

それに、一旦事故に遭えば、「実損害」として認められるものばかりではなく、様々な見えない出費がかさむものであり、「もらえるものは多い方が良い」というのが、紛れのない事実です。

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2005年4月30日 (土)

アメリカンホームが代理店で自動車保険を販売

アメリカンホームとしての公式リリースは掲載されていませんが、先日このような報道がなされました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050425-00000022-nkn-ind

要は、今まで「ダイレクト型」として、従来の保険代理店を展開せずに、電話やインターネットを中心として、通信販売をしてきた保険会社が、従来からある保険代理店を、販売手段の一つとして取り入れようとした、ということなのです。

自動車保険の自由化後、主に外資系を中心に展開されてきた、直販(通販、ダイレクト)型の保険会社ですが、一時期多くの保険会社が乱立に近い状況で競争を繰り広げられたものの、従来の代理店型保険会社の基盤をぶち壊すほどの展開にはならず、結局通販型に移行した契約者を奪い合う形となり、保険会社も随分整理されました。

もっとも、各社とも頭打ちというほど契約者が増えていないわけではなく、それなりに契約を伸ばしてはいるわけですが、およそ通販型が「主流」と言える状態になることはなく、今後もその状況に多くの変化はないと思われます。

このような状況で、いっそのこと従来からの販売チャネル(保険代理店)を利用しようという考え方が出てきたとしても、それはそれで考え方だと思いますが、問題はその保険料です。

今まで通販型の保険会社は、「保険代理店を通さない」ということを主たる理由にして、保険料の割安感を宣伝してきました。
実際には、逆に広告宣伝費やコールセンターの維持費用といったものが多くかかりますので、本当にそれが理由で割安になるかどうかは疑問な点も多いわけですが、それでもこの点をアピールしてきたことは事実です。

そしてサービス面でも、「代理店がなくても担当者が責任を持ってフォローする」ということを言ってきました。

それが一転して、従来からの代理店も利用する、ということとなると、一体どうなるのでしょうか?。
状況をそれぞれ想定してみると、

・保険料に差をつけない場合
直接契約を行った契約者は、トータルサービス面で劣ることになり、従来からの契約者から見て、不公平感が強くなる

・保険料に差をつける場合
代理店契約の契約者に、保険料面でのメリットが減る可能性がある(通販型の保険会社を選択する理由がなくなる可能性がある)

と、どちらにしても問題の発生が予想され、結局「どうしたいの?」と疑問ばかりが出てくる印象が強く、結局契約者にメリットがあることなのかどうか、どうも良く判らない展開といわざるを得ません。

今後の展開に注目していきたいと思います。

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JR西日本の事故に思う(2)

2.「過密ダイヤ」が原因か?
事故発生から時間も経って、少しづつ事実が明らかになってきていますが、今回の事故原因に「過密ダイヤ」を挙げている報道が多いことに気がつきます。

確かに過密ダイヤ(何をもって「過密」なのかは疑問ですが)の線区の場合、一つの列車がダイヤどおりに運行されないことの影響度が格段に大きいことは事実であり、「定時運行」という使命達成のために乗務員に与えるプレッシャーは、日に数えるほどの列車本数しかないローカル線との比ではないことは、確かです。

しかしながら、過密ダイヤというのであれば、別に事故が起きた福知山線だけが特別ではなく、首都圏のJR各線や、競合民鉄(私鉄)も同様の過密ダイヤです。
列車種別(各停とか急行とか特急といった列車の種類)の多い線区では特にその傾向が著しく、首都圏の民鉄では京王や小田急、そして先日踏切事故を起こした東武あたりも列車種別が多く、駅にいて前後の列車を見ることができることがあるほどの頻度で、列車が運行されています。

問題はそれに対応できる、保安設備があったかどうかの方が問題であって「過密ダイヤが事故を引き起こした」という趣旨の報道には、疑問を憶えるところです。

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2005年4月27日 (水)

JR西日本の事故に思う(1)

1.制限速度超過は直ちに危険か?
乗客や目撃者の証言から、事故を起こした列車は相当な高速で、制限速度70キロのカーブに突入したようで、車両のモニターからも108キロというデータが出たと報道されており、このことが事故の第一次的要因とする意見が多いようです。

確かに制限70のところを108で、と言われれば38キロのオーバーであり、車の速度超過としても一般道路であれば反則行為ではない赤切符を切られる速度超過ですが、鉄道の旅客列車の制限速度は「乗り心地」、つまり乗客が遠心力で立っていられないとかいった状態にならないことを加味した速度を設定しており、この速度超過が直ちに「脱線」とか「転覆」といったことをもたらす訳ではありません。

つまり制限速度とは「これを超過すると走行上危険」という速度ではないのです。

現在JRでは、在来線の特急車両に「振り子式」をはじめとする、車体傾斜システムを導入して、カーブの走行速度を向上させ、到達時間の短縮を図る列車が増えています。2007年度から営業運転に入る予定の東海道・山陽新幹線の「N700系」という車両も、車体傾斜システムの導入によって、カーブの多い東海道区間の速度向上を図ることになっています。

それで、在来線の車体傾斜システムの主流である「振り子式」の場合、走行線区によって異なりますが、最低でも「本則+25キロ」程度を確保しています。「本則」というのは今回の事故現場で言えば「70キロ」という、通常の制限速度のことで、これに何キロ加えて走行できるか、という表現方法をとるわけです。

この「+何キロ」という部分も、乗り心地の面から考慮された数字で、乗り心地を無視すれば、多くの場合一般車両でも、この振り子式車両と同じ速度で走行することが可能だと言われています。

仮に今回の区間に「振り子式」の車両が入った場合、本則+25キロであれば95キロで走行できるわけであり、そう考えると、記録として出てきた108キロとの差は13キロであり、この速度自体が、直ちに脱線を招いたとは、必ずしも言えない気がします。

ただ、この速度で走行すると、例え事故が起きなくとも、乗客が遠心力で外側に吹き飛ばされる、ということは想定できますので、負傷者が出た可能性は充分にあります。

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